2013年11月29日金曜日

4. チェンマイ

4日目 チェンマイ

昼の12時。起きると、中国人の騒がしい声。プールで遊んでるようだ。そして、どうやら雨が降っているらしい。チェックアウトも面倒なので、もう一泊する。

合気道の先生からメールだ。どうやら教えてくれるらしい。少し面倒だが、することもないので、お世話になろうと思う。メールの返信をしなければ。英語通じるかしら?

身体がだるい。寝すぎたせいだろうか、深夜にカップ麺を食べたせいだろうか。ここへ来て、緊張感がなくなっている。

今日は、スクーターを借りて、コーヒーショップに行く。みきさんという日本人女性がいるらしい。そこで少し働けないか頼む。
今日の朝はM&Mと、炭酸水、ピース2本で済ませた。今、二本目に火を付けるところだ。こっちのマッチは、燃え方が大袈裟だ。小さな炎。ミミズに針を刺したように小さくのたうちまわる。柄の部分にゆっくり火を馴染ませ、たばこに火を付ける。旨い。

今日はあつい。もう一つのゲストハウスの下見もしなければ。昼飯は、カオソーイにしよう。ちなみに、雨は降っていなかった。勘違いだ。後で、服も買おう。

Happy espresso
Pakamara
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問: 消失点は存在するか?
考察: 一メートル近付いただけで、そこは、消失点ではなくなる。決してたどり着くことは出来ない。だが、消失点は存在する。消失点とは、たどり着くことの出来ない虚像である。

Alha ama, lee君。
カトゥアイ

New mitrapap
どこどこに行ったとか、そーゆー経験をステータスにするのは危険である

今日は、パスポートを担保にスクーターを300/3日分で借りて、ponganes espressoに行き、Khageeに行った。いずれもコーヒー屋。
Khageeは、チェンマイから少し離れた所にある。橋を渡り、少し迷いながらたどり着いた。スクーターは、110cc、とても速い。80キロで舗装された大きな道を走る。とても異国とは思えない心地良さ。
Khageeは、タイ人のThame日本人のミキさんが、2人で経営する店。彼等はオーストラリアの留学中に出会った。オーストラリアのカフェ文化に馴染みながら、将来こんなカフェ開けたらいーねーと、夢を語っていたそうだ。
留学が終わり、しばらく遠距離恋愛が続いた。ある日、ツァムは、タイでカフェをやろう!僕はタイで物件を探すから、君は日本でベーカリーの勉強をしてくれ!
と、ホームタウンではないチェンマイで、物件探しを始めた。自分の足で、直接大家に頼み込み、何軒か回ったのち、ようやく目的の場所を探し当てた。
その場所は橋の近くなので人通りが多い。おまけに隣には有名なレストランがあるため、質の良い客が通りを行き来する。最高の場所だ。
日本で5ヶ月ベーカリーの勉強を終えたミキは、チェンマイで久々の再開を果たす。
部屋を借り、物件を借り、やっつけ仕事の職人に困り果てながら、ついにカフェを完成させた。チェンマイにはまだ誰も友達はいない。時には自分たちで内装を仕上げることもあったという。
店内は、白や黒、茶色や緑といった自然にある色を基調としたデザイン。夕方には、日の光が差し込み、土日には、席が客で一杯になる。
エスプレッソマシンは、ラマゾッコのストラーダ。豆は、二種類、ブラック用とミルク用。3種類のロースターから、焙煎豆を買っている。いずれは、焙煎もしたいと言っていた。もちろん、そうするべきだ。何故なら、生豆は一キロ300円、焙煎豆は一キロ3000円するからだ。自分で焙煎するだけで、10倍も違う。多くの人は、焙煎のテクニックがない為に渋るが、毎日触れていれば、技術は後から着いてくる。

だが、まだオープンして2ヶ月あまり毎日忙しいので、それは出来ないらしい。ま、そらそうだ。

ここで働けないかと、聞くと、では、水曜日に是非とのこと。マシンの下見もかねて、何杯かコーヒーを淹れた。少し難しいが、何とかなった。エスプレッソは全てダブルショット。味見が出来ないのが残念だ。
豆は、少しダークロースト気味。まぁまぁだ。しかし、パンと合わせることを考えると、少しダークロースト気味の方が良いのかもしれない。
スコーンが実に旨い。簡単に添えられた生クリームとブルーベリージャムが、本当に美味しい。空腹というのもあったかもしれないが、5ヶ月でこのクオリティとは驚きである。値段は65バーツ。
明日の朝ごはんに、レーズンパンを買った。
5時まで店を手伝い、チェンマイの中心の、サンデーマーケットへ。とんだお祭り騒ぎで、毎週日曜日はこうなのかと思うと、タイ人はお祭りが好きなんだなぁと微笑ましい気持ちになる。
現地の人は3割くらいだろうか、中国人やヨーロッパ人の観光客が多かった気がする。そういえば、パパカレーがこの近くだったはずだ。いってみると、そこにはKhageeで出会った客がいた。思わぬ所で繋がってるんだね。彼等はコーヒーオタク。美味しそうにカレーを食べながら、今後のタイのコーヒーカルチャーについて話した。どもり口調のクンは、その中心的な存在で、収穫された生のコーヒーの実から種を取り出し、乾かして生豆にする工程を、実際に自分でやっている。焙煎やエスプレッソの経験も豊富で、

ちくしょう、だめだ。部屋に戻ってきた。外は蚊がすごい。抜け目無い蚊だ。散々手や足の周りをうろうろするや否や、こっそりと刺してくる。左手の親指の付け根と、右の膝小僧、太ももと他何箇所かやられた。

やれやれ。

で、彼はパパカレーの後、Aluha Amaというカフェに連れて行ってくれた。祭のため、軒先でウッドベースとサックスがなにやら演奏していた。興奮。
ロースターのリーは農園を持っている。うーむ。
インターナショナルに活動しているらしい。我々、若いジェネレーションは、どんどん情報をオープンにすべきだ!と、ごもっともなお言葉。気に入ったぞ。

帰りに、シャツとタイパンツを買って、スクーターでゲストハウスまで。炭酸水二本とM&Mを買ったが、もう空けてしまった。夜になると腹が減る。

さて、シャワーを浴びなくちゃ。明日は映画でも見たいな。


私はこの旅でなにか変われるだろうか?1人で生きていけるようになるだろうか?

旅の4日目で分かったとしたら、早すぎる。だから、これはあくまで仮説として留めておこう。

私は、絶対に1人では生きていけない。何かと人の世話になって、好意に甘えて、生きてゆく。日本人として、珍しい異質な存在として、ここチェンマイではちやほやされている。だが、それはそれで良いのだ。なぜなら、私は、存在するだけで周囲に影響を与えて喜ばれるのだから。私は、異質な存在として、人を喜ばせながら生きてゆく。そのために、異質であり続ける。異質であろうと努力する。ガリバーはでかいから喜ばれた。もし、彼が国に戻ったら、彼は小さな人々の国へ行って来た唯一の存在として、喜ばれるであろう。

私が、1人で何ができるだろう。せいぜい、人のために働くことぐらいだ。
だから、私は、それ以外の場面において、人をの好意に甘え人に世話になり、お返しに、人に好意を捧げ人に世話を焼いてやろうと思う。

毎日はしんどい。

適度に距離を置きながら、好意を決して忘れることのないように、生きて行きたい。


と、まぁ、これが真理だと思う。
高校時代に、たこ焼き屋のおっちゃんに、すぐ分かってしまうところが、君の頭の良いところで、もったいないところだと言われたことがある。分かると出来るは違うのだ。出来るに至っていないのに、分かった時点で、油を加えるのを止めてしまう。

もし、私のこの理解が本当に正しいとすれば、どうだろう?
まぁ、せいぜい実感しながら旅を続けよう。
旅が続く限り好意は絶えない。

もし、絶えたら、その時は孤独を楽しめば良いのだ。


驚きのない感動は、感動ではない。ただすごいだけ。予期せぬ出会いにこそ、驚きはある。
カーブの向こうに人が待っていると知って、誰が真剣に驚くことが出来るだろうか?

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