2014年1月6日月曜日

87. プラハ

87. プラハ
バスは居心地が悪かった。
重い頭を窓に委ねて寝ていたため、左右非対称的な痛みをじわじわと作ってしまった。
ターミナルについたのは7時ころ。辺りはまだ暗かった。街灯が黒々した空を照らすことは出来ない。彼は周りの水蒸気と友達の輪をつくり、なんとか惨めさを拒絶していた。
バーガーキングの看板を照らす光はエネルギーに満ちていて、存在意義を持つ者の自信と誇りが溢れ出ていた。
美しさとは無縁の光。
バスターミナルの中にある、カフェでNYチーズケーキと炭酸水を飲んだ。ケーキはひとくちひとくちが重く分厚い甘さだった。Wi-Fiを拾って恋人と電話した。余計にホームシックになった。4時間ほど時間を潰した。頭が冴えない、ぼーっとする。
バスでホテルまで向った。ばすてには日本人らしき四人組が地図を片手にうろうろしていた。現地の人が英語が話せないので、1人1/4ずつ知恵を出し合い、なかなか前に進めないでいた。
助けてあげようと思ったが、私の手の負えない問題だったらと思うと、親切の押し売りは躊躇われた。彼らは遠くの方でうろうろ始めた。しばらく放っておいたら、いつの間にか何処かへいなくなっていた。
4人でいると見切り発進も出来ないから可哀想だなぁ。そう思い、何分か待って175番のバスに乗った。街を眺めながら無賃乗車を楽しんだ。街は雨上がりだった。曇り空に年明けの気だるさが加わって、なんだかさみしげだ。これからまた、長い一年が始まるのだ。街は気が滅入って見えた。
バスが走って5分。どうやら違うバスに乗ってしまったことに彼は気が付いた。さっきの日本人を笑えないなと微笑しながら、諦め交じりでしばらくバスに乗っていることにした。バックパックには2リットルの水とりんごジュースと炭酸水が入っていたので、いつもより重かった。
地図を見るところによると、バスは目的地からどんどん離れているらしい。
あまり遠すぎても困るので、降りた。彼は道すがら親指を立て、ヒッチハイクの真似事をしてみたりした。3台の車が通り過ぎ、彼は虚しくなって止めた。
右足の痛んだ。
車がアスファルトにタイヤを引きずるような音を立て、彼のそばを通り過ぎる。目は無意識に小さくなってゆくそれを追いかけ、彼が冷たい坂道を登ることと、車が猛スピードで通り過ぎることは何の関係も無かったことを納得する。
犬の散歩をする婆さん以外、人っ子一人いない。
ぶかぶかの黒いコートを着た男は左足と右足を交互に前に出し、濡れた正方形の石畳を踏み続ける。
そして、ホテル。高い天井に大きなワイングラスが葡萄房のように連なったシャンデリア風の電球がぶら下がって、現代的。コンクリート、白いモルタル、黒い壁、錆びた鉄板を折り曲げただけなのにやたらと値段が高いテーブル、黒い黒板。何もかもがさり気ないのに気が利いている。
卒業旅行の団体らしき彫りの深い若い金髪の男女。はしゃいだり、気取ったり、全てをありのままに見てるという態度で両手をジーンズのポケットに半分潜り込ませて片足に重心をおいている。
3時まで、部屋が用意されないというので、外出することに決めた。どうも頭が痛い。3時間ほど携帯をいじり、1時くらい、空腹を感じ、諦めて寒い外の空気を吸った。
バスやメトロを使い、ミュシャの美術館へ。飾られた作品は、日本で見たものよりも迫力があった。直筆だからだろうか。下書きが薄く透けて見えるからだろうか。官能的だった。
彼の幼い頃の作品は、日本の中学生が描く絵と何ら遜色無く感じられた。
モラヴィア生まれ、幼少期に協会で美を感じ、写真を撮り、絵本の挿絵などのキャリアも積み、パリで名を上げたグラフィックデザイナー。
美術館の後、ふと寿司のメニューに気が付き、食べたくなった。
中国人が作る寿司。とんだ散財だ。初めにシャリを幾つも丸めておいて、後からネタを乗っけた。
ガリとわさびが食べられたから、いいや。
、カフェへ。
メトロで一駅、キースのデザインしたエスプレッソマシン、スピリッツがカッコ良かった。美人なスタッフが慣れた手付きでコーヒーを作っていた。美人すぎるほどの美人だ。華奢で、目が青緑色で、髪は金髪。無防備に空いた胸元は隙のある独特なエロさが漏れていた。
コーヒー自体は、悪くは無かった。過抽出、ソルティ、スモーキーなのが少し気になった。
たまたま相席したhugoという名のおっさんと、アブサンを買い、橋を見に行き、ビールを飲んだ。終始、ゲイじゃないかと疑っていたが、ただ単に旅人に親切なだけの人のよいおっさんのようだ。襲うことはなく、おっさんは帰った。
彼は、ビアレッティのマシンを持っていて、グラインダーを持っていないらしい。ドミニカの東の島がオリジンのアメリカ人で、ドイツが故郷で今はプラハに住んでいて、大学でプログラミングを教えているらしい。
アムステルダムでハッパを吸うことをお勧めされた。だが、初めてのLSDは決して1人ではやるな、本当の友達か彼女とやれ、そして、一枚ではなく、1/4で充分だ。さもなくば危険だ。らしい。ひょっとして、彼はそういう嫌な経験があるのだろうか。
宿に戻ったのは10時過ぎで、シャワーを浴びて床に就いたのは、1時過ぎだった。
Monkey 49

86. ブダペスト

86. ブダペスト
朝、7時に目が覚め、歩いて5分のパン屋でりんごのパンとリコッタチーズのパンを買う。昨日の婆さんではなく、彼女より若い女が店を開けていた。
宿でコーヒーと一緒に楽しんだ。ハンガリーのロースターはレベルが高い。浅煎りのイルガチェフをインヴァートで淹れた。湯温が高すぎたのか、少し過抽出で酸が少なめに出てしまった。それでも香り高く、美味しい部類のコーヒーだった。豆が良ければ、少しくらい間違えても美味しく落ちるのだ。
10時過ぎまでドイツ人は起きなかった。私のイビキのせいだろうか。昨日笑いながら文句を言われたが、あれは半分本気だっただろう。スリープマイスターというアプリで寝言を録音してくれるというので、わくわくしながら聴いてみたら、爆音のイビキが録音されていた。我ながら、少し呆れるくらい立派なイビキだった。歴代の彼女たちは辛抱強くこれに耐えたのだ。もはや原罪だ。
ドイツ人が起きてきたタイミングで、パスタをつくった。昨日のタマネギの余りを炒め、オレガノとバジルや胡椒をふんだんに振りかけ、チーズやトマトソースを加えて、乳化を待ちながらスプーンでフライパンをかき混ぜる。
火力が弱いのか、結局乳化はせず。湯から上げたてのパスタをフライパン上のソースと馴染ませ、大きな皿で食べた。
ドイツ人は、もう料理してんの?と驚いていた。朝飯だと思ったらしい。ソースが余ったので、ボウルに移し湯を加えてスープにしたが、油を吸ったオレガノが表面に浮かんで、さながら放置された庭の池を連想させた。
チェックアウトを済ませ、バスターミナルの倉庫に荷物を預け、カフェへ向かった。
ロバート・キャパ
彼はカメラを腹部付近に構え、上から覗くようにしてシャッターを切っていたようだ。被写体の目線がこちらよりも上を向いているのを見れば分かる。
今見ているものの延長と言うより、第三の目を持つ感覚に近いだろう。
撮られる人は、キャパがこっちを見ているというより、カメラマンという物体が何やらこっちを撮影しているらしい、といった様子だ。結果、写真はカメラに向けられた緊張感は在らず、人々がその時に感じている緊張感で満ちている。
彼は、言わば「覗きマン」だ。自分の存在を消して、そこに潜み、彼にしか見えないものをただ記録する。
彼は名前を変え、人格・肉体から離れ、純粋意思に還元され、幾つもの立場を演じたのだ。
そういった特殊性を踏まえてか、彼について語る時、みな口を揃えて「彼は何者だったのか?」と今更ぶって疑問符を打つ。
彼の残したセンセーショナルな作品にも増して、「見る」という行為について意識せざるを得ない。
見る。私は見る。
全てを見通す俯瞰は、決して部分の詳細を知ることは出来ない。「神は忙しい」と語られる所以である。
部分に目を向けるや否や、ありとあらゆる部分たちがどんどん目に飛び込んでくる。さっきまで気が付かなかった新しい部分が、脈絡なしにどんどん「見せて」くるのだ。
見るという行為は、半ば「見せられている」という行為と不可分である。
また、見ていようと見ていなかろうと、肉体ある以上、「見られている」のだ。
隠れるとは?部分の集合のパターンを真似て、存在を部分に紛れ込ませること。
カメレオンの擬態。虫の擬態。自らの存在を周りに馴染ませる。これが隠れること、、、!?
続けろ。
カフェ。トートバッグをくれた。
アンバサダーは閉まっていた。
足が痛い。右足をかばって歩いていると、足の裏側も痛み出した。
バスターミナルで、靴下を脱いだ。臭い。隣の女子2人組は笑い出した。2人ともイヤフォンをして別々のことをしているから、笑いの原因はこれだろう。
英語ではないので、何を言っているのか分からないが、参った。今さらどこか別の場所へ移動するのも気まずい、出来ればこっちも笑いに乗りたいが、1人なので道化を演じ続ける他はない。
時にこう思う。自分は人一倍、滑稽なことを気付かずにやらかしている。寝ている間に爆音のイビキをかいたり、どもったり、独り言を言ったり。
それでも、こんな私のことを愛してくれる人はいるが、知らぬ間に滑稽さを買われていると思うと、少し惨めな気持ちになる。
果たして、そうなのか。みんなが私を笑いものにしているのか。
そんなことはないと信じたい。
息が臭かったり、笑い方が気味悪かったり、太っていたり、はげていたり、足が臭かったり、白髪が多かったり、眉が太かったり、歩き方が変だったり、服装がダサかったり。
色々な人が、色々な滑稽さを抱えたまま生きている。しかし、私は禿げてる人を取り立てて笑いものにしたりしない。禿げは運命付けられたものなのだ。そういう人として、禿げの滑稽さを無視して、私は彼等とコミュニケーションを取る。そういうものだ。

85. ブダペスト

85. ブダペスト
6時にアラームが鳴り、7時に温泉へ。すんなり入れる程空いていた。爺さんたちがたくさんいた。湯はぬるめだった。サウナも入った。熱くて乾いた重い水蒸気を、口の中に無理矢理押し込められる気分だった。5分としないうちに汗が身体から逃げ出すのが感じられた。悲鳴の代わりだ。頭が痛くなりそうだったため、すぐに切り上げ、38度くらいの湯で30分ほど浮かんでいた。寒い空気。爺さんたちは暇つぶしにチェスをしていた。隣でカップルがチュッパチャプスしている。
ぬるい湯でのぼせるのも癪なので、冷たい空気を通り抜け、更衣室へ。でっかい爺さんがフルチンでなにやら話しかけて来た。ハンガリー語は分からない。
宿に戻り、パスタをつくった。レンズ豆は相変わらず鍋の中。減っている気配はない。レンズ豆とトマト、チーズのパスタ。味気ないレンズ豆のざらざらした食感。サウナを思い出す舌触り。携帯をいじりながら平らげて、片付けたら眠くなった。
ソファで13時まで眠った。ちょっと寝違えた。右の腰が痛い。
カフェへ。
Madal Coffee
フルショット落としてます。さらさらエスプレッソ。ロースターはハンガリーのチャンピオンのとこのを使ってるとか。
7-22秒。16g。22g。
http://www.beanhunter.com/hungary/pest/budapest/madal-cafe
お勧めを聞いた。
Tamp& Pull
My little Melborne
あと一つなんだっけ。
お金を取りに、宿へ戻った。バスのお金は払っていない。
リコッタチーズの菓子パンをくわえながら、バスで次のカフェへ。
Blue Bird Cafe
ライトアップのパチモン、ハンガリー版である。グラインダーはイスラエルのCoffee Tech Engineering。イージー。エスプレッソは、「インド」のロブを30%とブラジル、グァテマラ。ロブを混ぜたエスプレッソはコーヒーっぽくて万人受けするよな、スペシャルティもちゃんと混ざってるから、良い味。。と思ったら、このロブは高いやつなんだとか、スペシャルティより高いロブだから、汚い味にならないのかしら。店内は、レストランもある。焙煎機は1キロ釜。
My little Melbourne
2012年オープン。小さな店。ロフトのような二階建て。豆は、ワークショップコーヒー、グァテマラとルワンダのブレンド。酸っぱいエスプレッソとミルクを混ぜると、バナナの様なカプチーノ。ダブルフルショットで頂きました。マシンはストラーダの二連。カラフルなピッチャーが可愛いね。なんと、A-Z Coffeeが売ってました。
http://www.beanhunter.com/hungary/budapest/budapest/budapest/my-little-melbourne
スーパーで買い物。タマネギ、トマト、レモン、乾燥バジル、オレガノ、チリ、ミル付き胡椒、チーズ、モッツァレラ。2600。店内は快適だった。日本のスーパーより狭いのに、全てがある気がした。肉は本物、チーズも本物。たくさんのメーカーがこぞって偽物を並べる国ではないのだ。
もう一軒カフェに行くつもりだったが、ちょうど閉まってしまったということなので、マダルコーヒー経由で宿へ。
豆を買った。
宿へ。
Bean hunterというアプリケーションソフト。


84. ブダペスト

84. ブダペスト
10時に目が覚めた。昨日はカウントダウンのために街の真ん中まで行った。大騒ぎだった。
ドイツ人と4人で凍えながら4キロ歩いて、宿に戻り、スパークリングワインとチーズを摘み、寝たのは4時過ぎだった。
目が覚めると、身体が重かった。
カフェも美術館も小さな商店すら閉まってる。温泉はひどい行列。
宿のロビーでじっと小説を読んだりしていた。
パスタを食べた。美味しくない。夜もパスタ。美味しくない。
何かを知りたいにも関わらず、何かが見つからなくてやきもきした時、まず目を閉じる。

83. ブダペスト

83. ブダペスト
今日が大晦日らしい。
7時に起きた。隣の中国人がとてもうるさかった。猿だ。ドアを閉める音や、荷物をひっくり返す音で目が覚めた。ランドリーに出した洗濯物は乾いていなかった。Tシャツ二枚とバスタオル一枚が生乾きだった。気持ちの良くない目覚めと寒さで、朝から苛々した。
歯を磨き、56分39秒瞑想した。
なぜ56分かというと、アラームがいつまでも鳴らなかったため、試しに目を開けて見たら、あと3分20秒だったためだ。
頭がすっきりした。
ナイーブな観光客とすれ違う。彼等は集団で、口元を笑うか真一文字に結ぶか、どちらかだ。
しかし、どちらかと言えば私も人のことが言えないのかもしれない。
新しい宿へ向かう道中、パンが焼きあがる良い匂いがしたので、入った。
ハート型をしたリコッタチーズのパン。りんごやヨーグルト、カスタードのような甘さ。温かく無かったが、美味しかった。
今日泊まる宿までは、2キロほどある。12時。道中、コートと長袖のシャツを買った。コートはボタンが取れていて、裏地がどうしようもなくダサいのだが、ウール生地で悪くはない。二つで3000円だ。悪くない。
ホテルで少しくつろいで、腹を満たしに外に出た。13時過ぎ。
美術館付近の広場から出ているメトロで海へ向かった。
キャパは閉まっていた。
美しい。美しい。ああ、なんて美しいんだ。私は砂漠の神には祈らないけれど、ああ、この美しさは本物だ。
うなだれるキリスト、掘りの深い顔立ちにこびりつく暗影。
協会を出ると、チョコバナナの甘い匂い。カスタードかな。どこの国も、寺の周りは楽観的過ぎるほど屋台が賑わっている。
ドナウ川とホットワイン、
温かいりんごネード。