2014年1月31日金曜日

102. ロンドンへ

102. ロンドンへ
妙に落ち着いた夢を見た。
朝の5時とかそこら。
何回かアラームが鳴った。二日酔いだった。気の抜けた炭酸水を飲みながら、駅まで歩いた。頭痛。彼の身体ではない気がした。
これでローマもおしまい。いよいよ、ロンドン。外は寒くはなかった。薄黄色いぼんやりした街灯が、汚い街を照らす。永遠の都。
いつになく新鮮な朝。
広い道路、猫、ホームレス、二日酔いでじわり痛む眼球、車椅子をベッドのようにして眠る年老いたホームレス。公衆電話の目の前。彼にとってもまた、新鮮な一日なのだろうか?
おそらく、NOだ。
新鮮な一日とは、変な言い草だ。フレッシュ・デイとでも言うのだろうか?fresh day. 
彼の目覚めが、私の見るであろう一日に導くことは決してない。彼の目覚めは彼に何を見せるのだろう。
深夜特急のあとがきノートが読みたかった。
昨日はワインを2本空けた。
日本人の小柄な女の子と。
もちろん、セックスはおろかキスすらしていない。
私は紳士なのだ。とんだ紳士だ。
バス。
蒸し暑い。
コートの襟が首をちくちくした。服の下でも控えめに吹き出た汗が、肌にセロハンテープを貼っているような不快感を与えた。
いずれ消化されてしまうであろうもやもやした不快感を胸に抱え、不思議な気持ちでバスに乗っていた。居心地の悪さ。
ロンドン。私にとって、日本への帰り道。
バス。郷愁。
空港。ボーディングパスを印刷していないという理由で15ユーロ払う。どういった理由でプリントが必要なのか、何に対して15ユーロ必要としているのか。ペナルティチャージといったところか。あこぎな商売だ。滑稽にも、詰めの甘いバックパッカーは変なところで損をする。詰めの甘い人間は、と言った方が良いだろう。インドで会ったアフロは、今ロンドンにいて着いた初日などは79ポンドのホテルに泊まったらしい。
ヨーロッパは殆ど全てがシステマチックだ。あらゆる色々を「最も合理的な」システムに任せ、人々は処理するだけだ。
人間らしい温もりを感じることは比較的容易ではない。寛容さは、社会のどこかにパレート不均衡を生みだすのだ。寛容さは、邪魔なのだ。悪魔なのだ。
1人の人間を助けるために大勢の人が少しだけ損をすることは、まかり通らない。そういう主義なのだ。
みんなが損をしているのだから、その程度の損は諦めたまえ。君がその損を無しにしようとすると、我々はもっと損する羽目になるのだよ。
ルールを守るのだ。ルールは、承認だ。同意だ。
同意しますか?
しないのだったら、君に市民権はないのだ。
誰も君を待ってくれない。みんな忙しいのだ。みんなって誰だ?彼等だ。彼等って?我々だ。屁理屈はたくさんだ。
時間がないのだ。
否。時間が、足りないのだ。急げ急げ!急がない人間は、我々の社会では、軽蔑に値する。
君だけの夢を見てはいけない。
君だけの夢は君以外の人に、理解されるべきではない。
チンピーニ空港。金髪の女の子が父親の腕に抱かれて泣いていた。見ると、荷物検査の奥の叔母にしきりに手を振っている。別れの悲しみ。
空港内のカフェ、割高かと思ったコーヒーは1.1ユーロだった。0.1ユーロしか割高ではない。これがイタリアで飲む最後のコーヒーだった。
寂しさは癒えた気がした。
癒えたという過去性。それがまた別の寂しさを産み出した。
私には、私がいるじゃないか!
…答えになっているだろうか。
慰め。自慰。嫌な響きだ。
私が人生において必要なのは、生理的欲求の解消と精神的快楽の享受のはずだ。
だが、どうだろう。時々さみしさに取り憑かれる。私の中から産まれる寂しさ。精神的排泄物とでも言ったところか。
飛行機の座席には13がなかった。彼の席は13のFだった。右手の窓からは、エンジンが見えた。
眉毛まで金髪の大柄な男が、酸素マスクの付け方を手話を交えて説明している。口には、笑いを我慢しているような微笑が浮かぶ。
酸素を吸うと、人々はハイになって死を受け入れるという。
人は幸せに死ぬべきだろうか。
飛行機に乗る度、死ぬ気がする。この飛行機は空中で停電してしまうのではないか。
失速しないように、バランスを保ちながら成長する。
彼は何者かになる。
Arrivedelci italia. Bye bye italia.
雲の上は雲だった。濁った水中にいるような、薄い雲だった。その上は、暗い青を身に纏った元々は白い空気がどこまでも続いていた。上から見るイタリアは、雲の苔が一面蒸していた。
窓を通して外を見る。右翼越しの空。西の空。間接照明のような良い色。夜は、頬を染めるようにさりげなく、明るさを受け入れ始めていた。太陽の周りを地球が回っているなんて、今や信じられなかった。彼は、神話を信じたかった。遠く細い雲は空飛ぶ大艦隊に見立てたかった。
太陽が確固たる意思で、毎日朝をもたらすのだ。不思議だが、奇跡などではない。自然そのもの。彼はシゼンという響きは嫌いだった。あるがままという響きも嫌いだった。as it isも少し違う気がした。世界は、世界そのものだった。それは、それそのものだった。
右翼は、体育館の壇上の如く真っ直ぐ硬そうに表面に光沢を帯びていた。
7:32
紙パックから絞り出す林檎風味のジュースと引き換えに、半ぞでシャツの男がカートを持って集金していた。プラスチックで出来た子供騙しの滑り台のようなテーブルに右肘を置いていた彼に、0.5秒ほど集金者が目配せをした。意思がないのを瞬間的に判断し、集金活動を続けた。
外の景色はもう詰まらなかった。機内アナウンスが安いスピーカーから流れた。スクラッチ。
見かけによらず窓はひんやり冷たかった。
ねぼけ。空の上というのが信じられない。
彼は一人のときより二人でいるときよけいに孤独を感じる。だれかと二人でいると、彼はどうしようもなくその男の手に委ねられている。一人でいるときは、全人類がかれに掴みかかるが、差し伸ばされた無数の腕はもつれあって、だれ一人彼のところまでは到達しない。
=
移動すること、ただ移動すること。
迷い犬が飼い主になれる筈がない。
ある種の寛容さを身につけた。
寛容さの無い国に戻る。
はむでんまーけっと
カフェイン
ゲストエスプレッソ。うまし。トマト、ムスカット
味の一方通行、皿の上に逃げ場がない

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