2014年1月10日金曜日

89.ウィーンへ

89.ウィーンへ
7時に目が覚めた。目覚めは悪くなかった。彼は5時くらいにイビキがうるさいと文句を言われたのを思い出した。そんなこと言われても、どうしようもない。誰も好き好んでイビキをかいているわけではない。しかし、彼女にしたところで、好き好んでイビキを聞いているわけでもない。
彼は一応寝ぼけながら詫びを言ったが、そんなことが気になって眠れないならばシングルに泊まれば良いのだ、眠りに神経質な人は可哀想だ、と自分のイビキを棚に上げて、同情しながら再び眠りに落ちた。
7時に目が覚めるまで、何度イビキをかいたか彼は知らない。彼が眠っている時、彼の外で起こっている出来事は彼には関係がないのだった。
ロビーへ降りて行き、彼は我が物顔でコーヒーを淹れた。素晴らしいコーヒーだった。一日何杯でも飲めるようだった。
コーヒーを飲み終え、彼は外に出てここへ来る前に目を付けていた小さなカフェで、もう一度朝のコーヒーを飲んだ。ラマゾッコGS3で淹れたダブルショットのエスプレッソ。見たところ抽出は早めだ。悪くは無かった。しかし素晴らしいとは言えない。無駄な動作が多く、守るべきことを守っていなかった。
バスターミナルへ。
チケットを受け取り、弁当のパスタを買い、バスで食べた。
バスはWi-Fiがついている。大きな子供をおとなしくさせるための最良のおもちゃだ。
おもちゃを使いこなせない子どもがぐずって母親に甘えている。母親はKindleで何かを読んでいる。仕方が無いから子どもは窓の外の景色を眺める。森だ。木だ。枯れ木、針葉樹。霧だか靄だか花粉だか煙だか、白い雲のような空気が立ち込めている。草が蒸気を出していることに気付く。そうか、これは草の吐いた白い息なのだ。子どもは確信する。
彼は同様に、景色を眺めていた。森や霧を超え、村を超え、不思議の国のアリスに出てきそうな賢そうなウサギや煙突のついたレンガ造りの古い家などを視界に取り込んだ。
隣の中国人がチョコレートをくれた。黒いチョコレートに白いクリームが挟まっていたが、期待に外れてそれはミントの味がした。
自分の視点が動いているだけなのに、周りの風景が動いているように見える錯覚。

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