2015年11月23日月曜日

とくべつですよ

小さな家の主と、大きな家の家来だったら、前者を選びたい。世間知らずでも小さな家の主は大きな家の家来よりも良いものを食っている。

美人ではないが1番に思ってくれる人と、美人だが自分を数あるセフレ候補の一人程度に思ってる人だったら、やはり前者を大事にしたい。

楽しいおしゃべりや食事、セックスは、確かに必要だが十分ではない。
大切なのは、自分を唯一無二とおもってくれているかである。


自分で自分自身を唯一無二の存在と思うことについて、意義のある人は、よほどの世話焼きか、人権侵害者であろう。





しかしだからといって、唯一無二と特別が全て価値あるものとは限らない。


野の犬の価値の如く。

少なくとも愛がなければ、何一つ産まれない。また、生まれたものは概して、唯一無二である。



個性の有無の判断基準は、価値バイアスに依存する。



2015年11月5日木曜日

有名人

有名になど、なりたくない。
煙に巻くのは疲れるし、奴らが追っかけてきても届かないくらいの体力はない。

見られる悦びには中毒性がある。

そんなものいらない。

分かってくれるであろう人にだけ、語りかけたい。
若いうちは、それでいい。
たとえそのまま死んだって、別にそれで構わない。


2015年10月30日金曜日

仮の死

白いタイルだけを踏んで帰る。
それ以外を踏んだら死ぬのだ、奈落の底。

遊びは、死の定義からはじまるのではなかろうか。
死が仮ならば、生もまた仮だろう。

異空間で別の生を享受する感覚は、クセになる。

そこでは、時間の巻き戻しが可能なのだから。

こういう意味のない遊びをするのは人間くらいだろう。
堕ちたら死ぬなんて状況、そうそうあるものではない。

猫がじゃれるのと違うのだ。



2015年10月28日水曜日

What if

居なくなる

かなしみが待っている。


Maybe today's the day my life turns around.

2015年10月27日火曜日

プレイ

祈りは気休めだが、時には。

どちらを選んでも後悔する。
Yes を選んでも、Noを選んでも、状況は一向に良くはならない。
それは、常に我々が死に向かっているからで。
日々メシを食う事実も、長い目で見れば気休めなのだ。

「いただきます」なんて祈ってみても、所詮は気休めなのだ。それも大事なことなのかもしれぬ。

成り行きを拒否することは出来ないもんか。
惨めにならないように、適度に成り行きで遊ぶ生活は、やはり結果的に、良くなさそうな結果の種を産んでいる。


どうしたものか。
Yesを選べば責任が生じ、
No を選べば後悔が生じる。

責任は小さな後悔の粒を無数に産むだろう。
後悔は大きな1つの罪悪感を産む。

責任には、おそらくやりがいと大きな幸せが待っている。しかし、なんらかの可能性をプチプチと残酷に潰すだろう。

いずれにせよ、今は惨めで、どうにもならない成り行きに任せる他は無い。

男になるか?
少年のままでいるか?

ああ。
どちらも選べない。

責任の伴わないゲームで、ずっと遊んでいたい。
トリッキーな仕掛けに上手く対応し、ハイスコアを決めて、寝て過ごしたい。何も産まなくて良いから。

そんなのは、むなしくなるだけだろうか?
いやあ、分からん。


2015年10月21日水曜日

ちっとも素直じゃない

今後人生で、誰かと真正面から向き合って腹を割って話をすることは、きっと出来ない気がする。

やっていることに、やましさ が多すぎるのだ。

世間に対して感じるやましさとは、これ如何に?

過去に秘密を隠したまま共に生きること。そんなことは、当然ではあるまいか?

純文学の連中を見よ、いかに素直で、真摯に他者と向き合っているか。


目が合わなくたって、それでわかりあえるときだってあるものだ。

あるいは、こんなことはヒヨッコの考えなのだろうか?

秘密を秘密のままに生きていくことは、どことなくハードボイルドが漂う。




2015年10月20日火曜日

Pからはじまる合言葉

pinch.

ピンチとは、確かひっぱるという意味である。
危険を意味したいとき、ピンチだ!と日本ではいう。英語圏でも言うのだろうか?

昨日、キーが変わった。
酔っ払って変えたのだ。
見られた気がして変えたのだ。
そのキーは

Aborthion

無論、意味するところは分かっているが、いかんせんスペルが違う。
Pinchで開かぬうえに、スペルが違っていたのでドアはロックをかけたまま。一瞬ヒヤッとした。朝。
おまけに、アボーションとはさすがに生々しい。嫌な朝だ。

罪の意識を日々感じながら生きるには、僕の体力は少なすぎる。

シニカルに、僕自身をあざわらう鍵をつくった。新しい鍵。

「よしよし」


あたらしいオモチャの
Mamiya c220
とても可愛い。重い。布に包んで持ち歩く必要がある。赤子さながらの重量感。

こういった純粋なオモチャは、脳が無いだけ扱いやすい。

せいぜい長生きしようや。

2015年10月10日土曜日

厄

部屋を汚くしていると、あるとき虫がわく。
自然発生的に見える不可解な現象の背後には、多くの場合、何かしらの原因がある。

人を騙したり、馬鹿にしたり、何か悪さを企んでいると知らぬ間にどこかバランスが崩れたりする。そんなものだろうか。

悪態ついたり、声のトーンが低くなったり、ため息をついたり、眉間にシワが寄ったり、猫背になったり、壁に寄っ掛かるようになったり、そういう癖を日々積み重ねると、腰を悪くしたりするのだろうか。

癖は伝染するのだろうか?

インド人は、屍体に触れない。
屍体に触れるのは不可触民だけだ。
死は伝染するからだ。

最近、まわりにちょっとした不幸が多い。仕事を辞めるとかそういった類の、深刻でたいしたことない程度の不幸。季節の変わり目だからだろうか?

不幸は伝染するのだろうか?

人類の全てが幸せになることは、まず無いだろうが、
人類の全てが不幸になることは、ありえなくはない。

組織は、ラグビーのスクラムと同じだ。
と、島耕作だかその上司だか取引先だかが言っていたが、スクラムから逃れられない状況の時、どうしようか?

弱音を吐かず玉砕が美しいかもしれぬ。


だが、私は美しさなんかより健康を選びたい。少なくとも、自分の部屋くらいは綺麗にしておこう。






2015年9月21日月曜日

おもちゃの自慢

コーヒーをめぐる冒険
地球は女でまわっている
フェイク

を見た。映画だ。どれもこれも邦題はださいが、なかなかに楽しめた。

サマセット・モームを読んだ。
レイモンド・カーヴァーを読んだ。
ポール・オースターを読んだ。
カフカを読んだ。
安部公房を読んだ。

短いものばかりだが、どれもなかなか楽しめた。

ニコンを買った。
ローライを買った。
ニコンを買った。
どれも35ミリだが、なかなかに楽しめた。


コーヒーや煙草が無くても平気になってきた。ストレスフリーの証拠だ。
おもちゃさえあれば、大人の嗜みはいらないのだ。無論、女も。






ローライ35は、ピントさえあえば、とても良い。


次はライカだ。もちろんキューブリックが使ってた渋いやつ。




2015年8月8日土曜日

もてあましてる

もう飽きた。
ここ最近やっていたあそびは、もう飽きた。
そこそこのスリルとロマンスを得たが、熟成に足るものではなかった。

口当たりが丸くなく酸の尖ったものは駄目だ。
頭の悪い師匠の口癖だ。

福島でコーヒーを淹れた。
砂糖を加えたコーヒーは美味かった。



2015年6月24日水曜日

婚約者と影

土曜日の渋谷は少し肌寒かった。
道玄坂にはあぶれた半ズボンの男たちが騒がしく、部屋はどこも満室だった。無愛想なネオンは道行く人に赤いfullの文字を忠告した。

何組ものカップルが服を脱ぐためにうろうろと歩き回っていた。そして、我々もそうだった。

横浜から新橋へ五反田を通過して渋谷へ来たものの、目的には辿り着けそうになかった。

城の門をくぐるとき、女は一瞬覚悟を見せた。
いける。そう思った。
だが満室の看板を見て我に返ったらしい。
はや歩きになって、駅に向かい始めた。
結局無駄なあがきは止めて朝まで散歩した。


恵比寿方面の歩道橋で、時間をつぶした。

彼女には婚約者がいた。
東京へ転勤した際に別れた。
28にもなると本気で結婚を意識し始めるらしい。
私には結婚の気など1%もない。

期限付きの恋ということで話はまとまった。
一夏の恋という日本酒を飲んだ後では、それが妥当な気がした。


たくさん写真を撮った。
決して優れた写真ではないが、
好きな女を撮るのはそれだけで楽しかった。

ダーツをして、別々の家に帰った。









2015年6月20日土曜日

小さなパンドラ

朝起きると、女が泣いていた。
寝ている間に携帯を勝手に見たらしい。

ばかだねまったく。

へらへら笑ってごまかそうとしたが、
幸か不幸か、彼女は決定的な一文を読んだらしかった。
言い訳は無用だった。


さえない一日だった。



浅ましいことに、
共犯者を悪者にする事で応急処置を施した。


「なにかが壊れてしまった。」
寝る前に彼女はそう言った。

箱のなかの希望を信じて、ひとまず眠りについた。
だが、彼女はまた開けるだろう。


それにしても、女の泣き顔は美しい。







2015年6月17日水曜日

キスもさせない

昼まで寝ていた。
二度寝を繰り返して、結局3時過ぎまで寝ていた。
リビングは暗く、犬もいなかった。
冷蔵庫のカレーを温め、チーズをのせて3分もかからずたいらげた。


呼ばれたので、18:30に日比谷線の終点へ。家具屋をいくつかまわった。

やきとりを食べ、ダーツをした。ダーツをおごってくれた。

駅のホームでキスを求める。
失敗。ガキに見られているようだ。



何をしているんだろう、虚しい。
映画を見たい。
いつもの女の家へ。





2015年6月15日月曜日

液体をぶちまける

12時から17時まで珈琲屋でバイト、21時近くまでいた。場所は古本屋街から少し離れたオフィス街。

夜、新宿で飲む。ビール180円24時間営業の店。
アーティストになりたい?
店舗のデザインでもしてみれば?
モッドバーもってくる?
ミルクタップもってくる?
コーヒータップ?

上司に何かしら言われ、それなりに響いたのだろうか?

大衆居酒屋でたくさん飲み、たくさん食べた。3人で3時間くらい居たが、1万円を超えることはなかった。


オーストラリアの旅行から帰ってきた先輩は、私が来たことを快く思っていたのだろうか。



いずれにせよ、
改めて自分は何をしたいのだろう?
アーティストになる?
感性は磨いているのか?

特に何もせず、惰性で働き、適当に女を抱いて、それで満足なのだろうか?


Curtis fullerのタフな低音が、ヤワな精神に何となく響く。


とはいえ、何もやる気がしないのは確かだ。
流れに身を置き、巻き込まれるぐらいが関の山だろう。

言い訳はたくさんある。





女と女と男と男

昨日から仮病を使っていた。
女の家で寝ていた。

仕事に行くと嘘ついて、今度は別の女にあいにいく。雨は降りそうで降らなかった。

城みたいな建物で女と会う。
ろくに会話も交わさず、鍵をしめて、ベッドに寝かせる。3時間余り横になって、部屋を後にする。

一緒に食事でもと思ったが、腹は減っていない。
どこか遊びに行こうかとも思ったが、趣味が違いすぎる。
キンタマは空っぽで生産中止、歩くのもうんざり。
写真を撮るも、恥ずかしいと嫌がる。そしてこれがどうにも絵にならない。

どうしようもない。
次にあう約束もせずに、駅で別れた。


この女は20代後半で、都内で事務仕事をしている。旦那は休日も出勤で、スポーツの観戦を除いて特に何んにも無い。この関係が数年続いているという。

いつも眠そうな口をして、ふわふわと歩く。パッとしない細身の、そんな人間だ。

もう3回くらい会っている。

そもそも、出逢いすら褒められた出逢いではない。結構控えめに言っても。

・・・・

中野の中古カメラ屋に行く。
国分寺までコーヒーを飲みに行く。

国分寺の店でマスターは、
「コーヒーや飯、酒がうまいわけじゃないんだけど行くと落ち着いてつい深呼吸してしまう店。別に誰とも話すわけではないのに、長居してしまう店。俗に言うサードプレイス。
それはどういうお店なんだろう?
最近、東京行って店をまわっても高が知れている。
うまいはうまいけどそれだけで詰まらない。
満たしてくれる店が欲しいし、そうありたい。
そもそも何を満たしているんだろう?」
と語りを始めた。

「驚きが無ければ感動がない」
「スターバックスに見える公共性」
とか、こんなことが思い付いたが、やめた。

いま思えば、
本当の答えは「心とか魂とか、霊感とかそんなもの」なのかもしれない。

瞑想的な雰囲気を、忘れているのかもしれない。

・・・

新宿で、卓球をする。
役者志望の友。卓球は強かった。
黒い長袖のTシャツが汗で白くなった。

何枚か彼を撮ったが、絵になった。



家に帰る。




2014年8月16日土曜日

松 戸

ホコリが空気に飽和。部屋の空気としては十分すぎるほど。

朝起きると喉がいがいがした。

出窓を開けて、たばこに火をつけた。コーヒーを持って。コーヒーはケニヤのアメリカーノ。少し辛い。
ノートパソコンから出るジャズの音。水道の蛇口から出る水の如く雑な音の流れ方。

雨に濡れた木の葉っぱ。なんの木だろう。葉っぱ自体が木陰となって下の方の葉っぱに淡い陰を差し出す。テーブルクロスとかカーテンを両手に持ってひらひらさせるように、ごく自然に確実に陰をこぼす。
上の方の葉っぱたちは、曇り空の灰色の光を特権的に享受する。堂々とさも当たり前のような表情で、そよ風をいなしながら腕を組んでいた。

私は、この葉っぱのグラデーションを美しく思った。葉っぱたちが織りなすパターンの連続性と、小川に渦巻く波のようなささやかなドラマ。素敵じゃないか。


子供のようにはしゃぐのが好きだ。ノルウェイで、雪に興奮したのをを思い出した。イングリは少し戸惑っていた。イングリがそれを見て喜んでくれたのを思い出した。僕は喜んでくれたことに戸惑いながら喜んだ。

こう思ったのはもう過去のことだけど。



ヂィィィィィィ、ヂィィィィィィ、ヂィィィィィィ、ゴウンゴウンゴウン、ヂィィィィィィ、シュコァーォ、シュコァーォ、ゴウンゴウンゴウン、ゴウンゴウンゴウン、ヂィィィ、ヴーンワーンワーン、ヂィィィィィィィィィィィ


音の拾い方は無意識的に主観的だ。

蝉の叫びにも似た鳴き声に、車や飛行機の音が雑じり、時々電車が自己主張の足音をばら撒く。


部屋のノートパソコンからは、テイクファイブが尊厳たっぷりに唄うのが聴こえる。


そよ風が忙しそうに右耳にぶつかって通り過ぎてゆく。さも忙しいふりをしながら。


2014年8月15日金曜日

浅草

失敗して初めて間違えだったことに気付く人間もいる、痛覚が鈍い人間もいるように。

寝坊して12時に起きた。13時に店を開けた。昨日の台湾人が12:30に店に来た。唐揚げを差し入れに来てくれるおじさんもそのあと程なくして来た。

シンガーソングライターの中山吉。地味でマイペースな小柄の女の子だ。福岡出身で、夢を追い、上京。夢を追うとは彼女の言葉である。

月 足の不倫相手の人妻が閉店後遊びに来た。余ったアイスコーヒーをタダで飲ませ、少し世間話をして、豆を200g買って帰って行った。歯科衛生士らしい。細身でよく笑う綺麗な人だった。


ビラ配りを手伝った。シンガーソングライターの彼女の3倍のスピードでビラを配った。
相対的に、私の方が器用な人間のようだった。

吉野家で牛丼大盛りと、ビール中瓶を頼み、810円だった。
ビールは飲み干せなかったので、道路に佇んで飲んだ。

2014年6月3日火曜日

白痴. 黒澤明



戦犯で死刑に鉈んです。



沖縄の病院。
癲癇性痴呆。

白雉。

この世で真に善良である事は、白痴/バカに等しい。

笑いを忘れた北の男。
欲望が爆発。ダイヤの指輪。
遺産が転がり込んで札幌に。

亀田は妙子の写真に涙を流した。羊。

自分じゃ気付かないらしいんですけど、どうも変らしいんですよ。
死ぬと分かった瞬間、世の中の人が全部懐かしく思えたんです。
どうして、もっと親切にしなかったんだろう。
でもだめなんだ。もう死ぬんだ。



亀田と赤間は北海道へ帰る青函連絡船の中で出会った。亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、そのときの後遺症で癲癇性の白痴にかかってしまったのだった。札幌へ帰ってきた亀田は狸小路の写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子の写真に心奪われる。しかし彼女は愛人として政治家に囲われていた。裕福な大野の娘の綾子と知り合いになった亀田は白痴の症状はあるものの性格の純真さ善人さから、二人に愛され綾子と妙子の間で激しく揺れ動く。3人の異質な恋愛は周りの人物たちを次々と巻き込んでゆくこととなる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E7%97%B4_(1951%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)


2014年5月30日金曜日

大人の見る繪本 生れてはみたけれど

大人の見る繪本 生れてはみたけれど
小津安二郎



無声映画。初めて観る。
見えないところで進行している出来事の不安さを感じさせられる。

そうか、そもそも映画は無声映画から始まったんだ。
しぐさが見せる意味。お辞儀や、顎をしゃくる仕草、笑顔や距離感、沈黙の間、言葉以外のコミュニケーション。これがいかに重要かが分かる
。
画面の外にあるものは、即ち存在しないのである。
カメラによって見られたもののみが、存在を許された物なのである。

一方、台詞とは演劇の世界、舞台の世界から生まれた物である。
意図的に再現する演劇。劇的に脚色される演劇。これは、劇場の作り話ですというワザとらしい演出に上ら内された異世界感/観。

映画は、日常を炙り出すもの。これは本当のお話です。

視点の恣意性。ムーブメント。



どうして太郎ちゃんのお父さんは重役で、お父ちゃんは重役じゃないんだい?

いくらぶったって、偉くないものは偉くないんだ。

納得?
この問題は、これからの子供には死ぬまで一生ついてまわるんだ

これからも一生侘しく爪を咬んで暮らすのか
俺みたいなやくざな会社員にならないでくれな

お前たち
大きくなってお父ちゃんよりも偉くなれば良いじゃないの
お前は大きくなったらなにになるんだ

どうして大将にならないんだ

お父ちゃん御辞儀した方が良いよ


偉い。ね。




良一、啓二のお父さんは、重役の岩崎の近くに引っ越して出世のチャンスをうかがっている。だが、兄弟の前では厳格そのもの。引っ越しで転校した兄弟は早速地元の悪ガキグループと喧嘩した揚句、鬱陶しくなって小学校をずる休みするも担任の家庭訪問で知られ、二人は父さんから大目玉。そのうち悪ガキ仲間と友達になり一緒に遊ぶようになる。その中には岩崎の子供もいる。ある日、みんなで「うちの父ちゃんが一番えらい」と自慢する話が出る。兄弟も自分の父親が一番えらいと信じて疑わなかったが、ある日、岩崎の家へ行って見せてもらった十六ミリ映画の中で、父は岩崎の前でお世辞を言い、動物のまねまでしてご機嫌伺いをしていた。怒った二人は食事も取らず、またしても学校をサボって抗議する。しかし、その抗議も長続きせず母のとりなしで兄弟は夕食を食べて寝る。父も子供の寝顔を見ながら、家族のためとは言いながら子供を絶望させたことを後悔する。翌朝、いつものように父と兄弟は一緒に家を出る。

2014年5月19日月曜日

醉いどれ天使

醉いどれ天使


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%94%E3%81%84%E3%81%A9%E3%82%8C%E5%A4%A9%E4%BD%BF


雨に濡れたでこぼこの舗装道。ギターと蚊。

結核。肺病は見た目には分からねえからタチが悪い。
気付いたときにはもうおしめえだ。

子供はチブスを怖がらない。
油の浮いた水、ぽこぽこと泡が浮いてくる。

やくざの色男、
ふん、ダニみてえな奴だなお前は。

あんな奴は足の折れた馬みてえに一思いにたたっ切るより仕方がねえな。
肺に肺に穴が相手寂しくて仕方が無いんだ。

怖い物を恥ずかしいと思うところが可笑しいのさ。
墨を入れたり、隠語使ったり、暗闇は目をつぶって駆け抜けようって口だ。

フロイト。
強い父親。

家の外は汚れた池。石油まみれの池。
岡田はギターを弾く。人殺しの歌。

変わらないのは、この薄汚い水ったまりだけか。
花を投げ捨てる。

岡、松を殺す。

医者、池に石を投げる。
それなのに、馬鹿をしでかすのがやくざなんだ。下劣だってんだ。

あんみつの娘。
理性さえしっかりしていれば、病気なんて怖くない。

達者でな。
ご機嫌よう。

あなたと二人で来た岡は。


命知らずのやくざが結核になり、彼に自己を投影した医者が救おうと努力する。
だが、やくざは濁った水たまり同様、芥や蛆やばい菌を食い止める事が出来ない。
親分に求めていた父性が偽物である事を偶然知る。
縄張りの花屋、飲み屋、あらゆるところで爪弾きを受ける。花は30円。


親分殺し。
女にギターを弾く親分に、ナイフで挑む。
だが、結核による喀血により力を失い、返り討ちに会う。
外の世界へ最後までもがくが、力尽きて死ぬ。白いペンキまみれ。

飲み屋の女と水たまりの前で話をする。故郷に帰るという。
私には、彼を救えるんじゃないかと思っていた。と涙ながらに話す。
医者も憤慨しながら悲しむ。

the end

酒